2024年1月に発生した能登半島地震で、私たちが能登に購入した中古住宅は大きな被害を受けました。
我が家は、身体障害1級で車椅子を利用する30代の妻と、5歳の娘、そして主夫である私の3人家族です。
地震発生当時、私たちは私の県外の実家に帰省しており、その後1ヶ月間は身動きが取れず実家に避難していました。
その後、石川県内の市営住宅に「みなし仮設」として入居することができましたが、私たちの最終的な目標は「能登の仮設住宅に入居し、地元へ帰ること」でした。
しかし、その前に立ちはだかったのが「罹災(りさい)証明書の判定」という高い壁です。
最初の調査で下された判定は「準半壊」このままでは能登の建設型仮設住宅には入れません。
この記事では、そこから決して諦めず、2回の再審査を経て「半壊」認定を勝ち取り、震災から半年後に能登の仮設住宅へ入居するまでの全記録を、事実に基づいてお伝えします。
なぜ「再審査」が必要だったのか?最初の判定の絶望
地震で被災した際、公的な支援(支援金の給付や仮設住宅への入居など)を受けるための最重要書類となるのが「罹災証明書」です。
市区町村の調査員が建物の被害状況を調査し、「全壊」「大規模半壊」「中規模半壊」「半壊」「準半壊」「一部損壊」などの区分で判定されます。
(※この区分は内閣府の災害被害認定基準に基づきます)
私たちの住む地域において、プレハブ等の「建設型仮設住宅」に入居できる基本条件は、原則として「半壊」以上の被害判定を受けていることでした。(※当時の自治体の募集要項に基づく事実です) しかし、自治体による1回目の外観調査(1次調査)で届いた判定結果は「準半壊」でした。
準半壊では、原則として建設型の仮設住宅の優先入居対象から外れてしまいます。
妻の身体が壊れたことをきっかけに、妻の実家近くで暮らすために買った家。
その能登の地へ戻るための切符が、目の前で破り捨てられたような絶望感がありました。
【▼ 内部リンク①:ここで前回の「地震保険」の記事へ誘導】
※公的な罹災証明とは別に、私たちが経済的な危機を免れたのは「地震保険」に加入していたからです。
全損判定で莫大な修繕費の自己負担から救われたリアルな実体験は、以下の記事で解説しています。
1次調査の限界と、車椅子ユーザーにとっての「致命的な被害」
なぜ、実際の被害と判定にズレが生じたのでしょうか。
通常、災害直後の1次調査は、膨大な数の家屋を迅速に確認するため、主に「建物の外観(屋根や外壁、基礎の傾きなど)」を目視で確認して判定されます。
しかし、我が家の真の被害は「家の中」にありました。
一見すると建物の外形は保たれているように見えても、室内は壁に亀裂が入り、床が傾き、建具(ドア)が歪んで閉まらない状態でした。
健常者であれば「少し不便だけど住める」と判断される程度の傾きや段差でも、片麻痺の体で車椅子に乗る妻にとっては「生活空間として完全に機能しない、致命的な損壊」です。
車椅子はわずかな床の傾斜でも自走が困難になり、歪んで開かなくなったドアの先にあるトイレやお風呂へは物理的にアクセスできなくなります。
外観だけを見る1次調査では、この「内部の構造的なダメージ」と「車椅子生活における決定的な居住不能状態」が正確に評価されていなかったのです。

諦めない。2回の再審査(2次調査)で突きつけた事実
罹災証明書の判定に納得がいかない場合、被災者は自治体に対して「再調査(2次調査)」を依頼することができます。
これは被災者に認められた正当な権利です。
私は諦めず、自治体の窓口へ再審査の申請を行いました。
みなし仮設(市営住宅)で生活しながら、何度も役所とやり取りを重ねました。
再調査では、調査員の方に実際に家の中まで入ってもらい(立ち入り調査)、内部の被害状況を直接確認してもらいます。
ここで私が徹底した行動(事実)は以下の通りです。
- 被害箇所の徹底的な写真記録: 片付けをする前に、ひび割れ、傾き、沈み込みなど、あらゆる角度から被害の証拠写真を数百枚単位で撮影して提示しました。
- 「車椅子での居住不能」の論理的な説明: 妻の障害手帳(1級)を提示し、床の傾斜や建具の歪みが、なぜ「単なる不便」ではなく「生存に関わる居住不能」に直結するのかを、調査員に現場で実演を交えて明確に主張しました。
1回目の再審査でもまだ私たちの実態に即した判定には至らず、最終的にもう一度(計2回)の再審査と折衝を重ねました。
その結果、調査員の方々に内部の構造的ダメージを正確に再評価していただくことができ、判定は「準半壊」からついに「半壊」へと変更(格上げ)されたのです。
震災から半年。念願の仮設住宅入居と、直後の試練
この「半壊」認定の罹災証明書があったからこそ、私たちは能登の建設型仮設住宅の入居要件を満たすことができました。
そして震災から約半年後、みなし仮設としてお世話になった市営住宅を離れ、ついに能登の仮設住宅へと入居し、地元へ帰還することができたのです。
※ようやく入れた仮設住宅ですが、そこには「30Aのブレーカーの壁」や「退去を見据えたネット環境構築」という特有の苦労がありました。
仮設住宅でのリアルなWi-Fi選びについては、こちらの記事にまとめています。
仮設住宅は狭く、備蓄品で溢れかえっていますが、それでも妻の実家がある能登の地で、家族3人で再スタートを切れた喜びは筆舌に尽くしがたいものでした。

しかし、自然の猛威は私たちに一息つく暇を与えてはくれませんでした。 念願の仮設住宅に入居して1ヶ月も経たないうちに、「奥能登豪雨(約1年半前の出来事です)」が発生したのです。
土砂崩れによって道路が数箇所埋まってしまい、私たちの住むエリアは完全に孤立。
さらに3日間にわたる停電に見舞われました。
せっかく地震から立ち直りかけた能登が、そして私たちの生活が、再び泥水と暗闇に飲まれた瞬間でした。
【▼ 内部リンク③:ここで防災リュックの記事へ誘導】
※この豪雨による孤立と停電の3日間で、私たちが備えていた「防災リュック」の中身は完全に使い切りました。
地震とは違う、豪雨・孤立時に本当に必要だったリアルな備えについては、以下の記事で詳細にレビューしています。
まとめ:罹災証明の判定に違和感があるなら、絶対に諦めないで
災害直後の混乱の中、役所から届いた「罹災証明書」の判定結果を見て、「行政が言うなら仕方ない」と諦めてしまう被災者の方は少なくありません。
しかし、私の実体験から言える明確な事実は「1次調査は完璧ではない。納得がいかなければ再審査を申請する権利がある」ということです。
特に、我が家のようにご家族に障害がある場合や、内部の構造的な被害が外から見えにくい場合は、被災者側から被害の実態を論理的に、かつ証拠(写真)をもって説明しなければ、正確な評価は得られません。
もし今、届いた罹災証明の判定とご自宅の実際の被害状況に大きなズレを感じている方がいれば、片付けをしてしまう前にすべての被害状況を写真に収め、遠慮せずに再調査を依頼してください。
その一枚の紙の判定(準半壊か半壊か)が、その後の仮設住宅への入居や、家族の生活再建のスピードを決定づける命綱になるからです。





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